中国の景徳鎮は千年以上も続く焼物の生産地です。白地に青い絵付けの焼物、青花(日本語で染付、英語でブルーアンドホワイト)の発祥の地とされています。青花だけではなく、色彩が豊かな焼物も数多く作られています。
景徳鎮では明の時代(嘉靖の頃)から焼物に色彩が施され、だんだん華やかになります。華やかさは清の時代に極められ、その後、その華やかさを削ぎ落とし、余白をたっぷりと活かした焼物が誕生しました。1975年に毛沢東のために作られた焼物です。
物足りないほどあっさりした焼物を目にした時、見た目にはそれまでの景徳鎮の焼物との連続性が見られず、驚きました。しかし、成立過程を知ると、誰のためにどのように焼物を作ったのか、景徳鎮の焼物作りに一貫する厳しさを感じたのです。
私は、全く新しい印象の焼物を生み出せる景徳鎮の焼物作りに感銘を受けました。その感銘を再現しようと、景徳鎮で作られた色彩が施された焼物を3期に分けて考察する予定です。
焼物が本格的に色づく中国明時代の嘉靖期と、新しい技術が生まれた清時代を区切りとして、第1期を嘉靖以前、第2期を嘉靖以後の明時代、そして第3期を清時代以降に分けました。
青花に比べると、色が施された焼物は色彩が豊かです。そこでタイトルを『彩り景徳鎮』としました。
おまけに、私の大好きな祥瑞(しょんずい)が作られたのは、景徳鎮の長い歴史の中でたったの16年間と推定されています。景徳鎮では祥瑞以外にどんな青花が作られていたのか、青花以外ではどんな焼物が作られていたのか、そういう祥瑞への興味から続く『彩り景徳鎮』でもあります。
